筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS) 脳神経外科おたる港南クリニック

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筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)

 「慢性疲労症候群」という疾患があります。身体および思考力の激しい疲労によって、日常生活が著しく阻害され、免疫系、神経系、内分泌系の多系統が関与する疾患で、うつ病など同様の症状を呈する他疾患を除外した疾患です。日本では2018年時点で推定8~24万人が罹患しています。この疾患は1984年にアメリカネバダ州で疲労性疾患が集団発生し、認識されるようになりました。歓楽街で生じたので当初は性感染症としてのウイルス感染と認識され、「流行性疲労病」と呼ばれました。当時、AIDS(後天性免疫不全症候群)患者の血液細胞から発見されたヒトヘルペスウイルス6型(HHV-6)は今でこそ、突発性発疹を引き起こす原因ウイルスだとわかっていますが、当時はAIDSに関連するウイルスとして考えられていました。そこで、流行性疲労病の患者において抗HHV-6抗体を調べたところ、100%の患者が陽性でした。それで大騒ぎになったのですが、赤ちゃんの頃に100%の方が突発性発疹に感染するので当然のことながら健常者も100%陽性だったのです。これにより騒ぎは一旦、収束しましたが、この疾患にウイルス感染が関与するのではないかという疑いは残りました。流行性疲労病はその後、「慢性疲労症候群」と命名されました。その後、様々な経緯で、今では「筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)」というのが正式名称です。
 東京慈恵会医科大学ウイルス学講座:近藤一博教授らは筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)による病的慢性疲労のメカニズムを検討しました。生理的疲労は、ストレス負荷によりelF2αがリン酸化することでHHV-6の再活性化や統合的ストレス応答を引き起こすことで生じます(ブログ:生理的疲労のメカニズム)。そこで、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)もHHV-6の再活性化が何らかの影響を及ぼしているのではないかと考えた近藤らは、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)の患者の唾液中でHHV-6の再活性化の有無を検討したところ、なんとHHV-6の再活性化は見られなかったとのことです。つまり、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)は生理的疲労の延長線上にはなく、全く別のメカニズムで生じていることがわかりました。
 ここで注意しなければならないことは筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)は症候群であり、様々な原因で同様の症状を呈している症候群の集合体であるということです。そして、診断基準は様々な症状と他疾患を除外することです。筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)の原因として、ウイルス説や自己免疫説が検討されていますが、未だに原因は不明です。ウイルス感染と何らかの関係があることは確からしいのですが原因ウイルスは同定されていません。しかし、病態として大きな特徴があり、それは病的慢性疲労の代表的な症状であるうつ病の発症メカニズムと同様に「脳内炎症」が生じているということです。従って、今のところ、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)は何かしらのウイルス感染を契機に脳内炎症が生じた結果であると考えることが有力です。
 この数年間で、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による全世界的パンデミックが発生し、その感染後後遺症が筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)の症状に酷似しています。新型コロナウイルス感染後遺症の原因は新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)であることは明らかです。新型コロナウイルス後遺症の研究をすることで、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)の病態解明や治療に寄与することができる可能性が出てきました。

【疲労とはなにか すべてはウイルスが知っていた】近藤一博 ブルーバックス:講談社